2015/09/29

尊敬するレーサー高橋国光さん

 10月末から東京BIGサイトで開催される東京モーターショーを前に、私が尊敬する大レーサー高橋国光さんとの対談をスタンレー電気本社で行わせていただきました。
高橋国光さんは通称「国さん」で誰からも慕われ、二輪のレーサーとして日本人で初めて中央に日の丸を上げた選手。オートバイのドイツグランプリでした。
それから鈴鹿サーキットができ、日本でも本格サーキットレースが開催されるようになりました。そして国さんは四輪レーサーとなり大活躍!F1にも乗っています。
 また1995年のル・マン24時間ではクラス優勝! それは日本車が日本人3人のドライバーの手で成し遂げた初の快挙でした。
 国さんは59歳まで現役ドライバーとして大活躍、そして59歳で優勝もしています。現在は75歳、チーム国光を率いて監督で頑張っていますよ。
対談直前のスーパーGTでは国さんのチーム、レイブリックNSXが優勝を遂げているんです。
 国さんを大尊敬しあこがれてレース界に入った男……それが私どもトミッシュジャパンがマネージメントする「土屋圭市」です。土屋はドリキンとして有名ですが、初代のドリフトキングは国さんと言われています。
 対談では、車をいかに乗りこなすか……それを考え続けた人生を語っていただきました。詳しくは、東京モーターショーで配られる「スタンレー電気」のパンフレットをご覧ください。

 また私も、東京モーターショーでは「スタンレー電気」のステージで、11月3日(火)7日(土)8日(日・最終日)の司会を行います。
 もちろん高橋国光さんをはじめ、ル・マンを戦った飯田章選手などのトップレーサーたち、レースクィーンの皆さんから楽しいお話を聞き出したいと思います。
 ぜひ東京モーターショーでお会いしましょう!!
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2015/09/01

松井守男先生

わがトミッシュジャパンに協力をしてくださる松井守男先生。
私がかなり昔、一枚の絵を見た瞬間動けなくなった思い出がありました。
あまりに強い衝撃!そして光り輝くその美しさ。
それが松井守男先生の「遺言」という大きな絵画だったのです。
遺言

1942年に愛知県豊橋で生まれた松井先生は、武蔵野美術大学を卒業後、フランス政府留学生として渡仏し、アカデミー・ジュリアンや、フランス国立美術学校で学ばれました。そして巨匠ピカソとの出会い……。
ピカソはこう言ったそうです。「君は僕のようになれる。でもマツイはマツイを目指せ」と。
その後、松井先生はパリを拠点に絵を描き続けました。「ピカソではなくマツイの絵」……。松井先生は苦しみました。ヨーロッパ中の美術館を歩き、自分の絵を見つけようとしました。そこで目にした一枚の絵に先生は心を打たれます。それは巨匠でもプロでもなく、夫の帰りを待つ漁師の妻が描いたものだったのです。
松井先生は「絵は技術ではない!愛だ!」と、横幅5メートル、縦2メートルの大きなカンバスに一心不乱に絵を描き始めました。
何かに憑りつかれたように描き続ける松井先生。1985年のことでした。
「これが完成したら死んでもいい」と一心不乱に筆を走らせます。はじめはとても暗い絵でした。描き始めて2年半、愛に必要なものは「人」であると、人という字を無数に描き始めると、その絵は一気に光り輝き始めたのです。「何かが降りてきた」と先生は言います。とうとう絵が完成しました。描き終えたら死んでもいいと思って全身全霊をかけたこの絵に先生は「遺言」というタイトルを付けました。松井守男先生がフランスで活動を始めておよそ20年が経過していました。
そして松井先生はそれ以降、フランスを代表する画家と称されるようになり、2000年、フランス政府から芸術文化勲章を受章。さらにはフランス最高勲章であるレジオン・ドヌール勲章を受章されました。

「遺言」という作品を初めて見たとき、私は身動きができなくなりました。それだけはずっと覚えていました。
あれから何年も経ち、今年、まったくの偶然から松井守男先生と知り合うことができ、体中が震えました。
そして何時間も先生と話をしているうち、不思議なことにずっと昔から結びついていたような気持になりました。
先生のお人柄からとも言えますが、やはり私の心の中に光り輝いていた「遺言」がそうさせたのかもしれません。
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松井守男先生は現在フランス、コルシカ島にアトリエを持ち活動されています。そして故郷日本に恩返しをしたいと、日本に帰っては子供たちに絵の素晴らしさを教え続けています。

もう9月に入りました。ちょうど今、7月から2か月に渡り、カトリックの聖地、フランス南西部のルルドで行われた「ルルド展」が終了した時間です。
松井先生本当にお疲れ様でした。

扇一平

2015/08/29

キャプテンサンタ30周年パーティー

キャプテンサンタというファッションブランドをご存知の方も多いと思います。
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キャプテンサンタは、20年以上可愛がっていただき、仕事でも遊びでもお世話になっているキャプテン下山(下山好誼)社長が1985年に立ち上げた大人気ブランドで、今年で30周年を迎えました。私が文化放送にいた頃も、様々な番組とコラボをしていただきました。

下山社長は1969年にファッションデザイナーとしてスタート。
1975年に、母体である株式会社ジョイマーク・デザイン社を設立しました。
以降、『SUNDAY BEACH』『BOAT HOUSE』『BOAT HOUSE CLUB』『MARTHA’S VINEYARD』『THE JIMMY’S』子供ブランド『NEW YORK PAPA』
を立ち上げ、1985年に『CAPTAIN SANTA』(キャプテンサンタ)が生まれました。
『BOAT HOUSE』(ボートハウス)も79年に誕生した一大ブランド。
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青山学院高等部正門前にあったショップにはアイビーファンが長蛇の列をなし、買いたくても手に入らないといった社会現象まで引き起こしました。
下山社長はコカ・コーラのロゴを最高最大のデザインと称し、世界的なコカ・コーラグッズの収集家でもあります。
またウォルト・ディズニーを心から愛し、ミッキーマウスのようなキャラクターを生み出したいと考えていました。
そしてキャプテンサンタを世に出したのです。
下山社長のサンタは冬だけではありません。サーフィンをし、ゴルフをし、ボウリングもします。
常に夢と動きのあるサンタが、キャプテンサンタブランドの服やグッズに踊ります。
そんな「キャプテンサンタ」が30周年。

8月28日は下山社長の68回目のバースデーでもありました。
アクアシティお台場にあるジョイマークデザインのすべてのブランドが集まった「ミュージアム・ミュージアム」で、30周年と下山社長のバースデーパーティーが行われました。
全国から集まったキャプテンサンタをはじめ下山社長が送り出すブランドファンの人たち。
下山社長を崇拝するブラザーコーンが「WON’T BE LONG」を熱唱。

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お台場のミュージアムミュージアムがディスコと化し、とても楽しいひと時でした。

そんな下山社長の「ジョイマークデザイン」と、わが「トミッシュジャパン」は業務協力をいたします。
ジョイマークデザインのウェアを着ていると、まるで年を取らないように感じます。幸せになります。
下山社長と、夢のあることをやっていこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします!!
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扇一平

2015/08/25

片山右京&玉川美沙

文化放送で毎週土曜日朝7時~10時放送の「玉川美沙ハピリー」内「片山右京・玉川美沙レディオコグー」のスタジオ風景。
国内自転車トップチームとなったチーム右京代表の片山右京さんが玉川美沙さんと自転車のすべてを語る番組です。
ラジオで自転車を扱った番組は希少価値なのでぜひお聴きください。
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放送終了後、ユニフォームに着替えて神奈川県某所まで、5~60キロの道のりを自転車で颯爽と帰っていった右京さんでした。

扇一平

2015/08/24

文化放送スタジオ収録

文化放送「圭市・邦丸☆ドリボート」の収録!
われらがドリキン土屋、本日も絶好調!!
長野県出身の土屋圭市は大のお蕎麦好き。
スタジオ後は一緒にお蕎麦屋さんへ。
2015年8月24日ドリボート

扇一平

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